終わらない秋の展覧会感想3番勝負!

今月行きたい展覧会メモなんてのを先月書いたわけですが、もう「今月」でもなければ、「秋」でもないよ、とか些細なことは気にしない方向で地味に遂行しております。ということで、訪問記第2弾を書き留めておくね!好きな画家は前半戦ですべてクリアしたので、後半戦は実はちょっと苦手な画家大集合です。では、レッツラドドン!

ベルト・モリゾ展 2007/9/15(土)〜11/25(日) 於:損保ジャパン東郷青児美術館

ここは、以前ゴッホ展をやってたときに来たきりで久々の来訪。今も常設でゴッホのひまわりやセザンヌのリンゴ、ゴーギャンの(なんだっけ)が見られます。ゴッホは特別好きじゃないけど、いったい何層まで塗り込められてんだっていうほど執念を感じる黄、黄、黄、に圧倒される。すごい。さて、肝心のモリゾです。なんかけっこう大胆なタッチの人。モリゾは印象派の女流画家なんですけど、絵よりもその生き様に惚れそうになった。いや惚れないけど負けた。いや負けないけど感服した。展覧会行ってもめったに解説なんて読まないんだけど(よほどその画家を理解しようと意気込まない限り読まないタチ)モリゾは読んでしまった。だって、なんかなあ、娘を描いた作品には、嫉妬すら生まれるほどささやかな幸せが満ちているんだよなあ。「しゃべらなくてもわかるでしょ?」っていうお互いの信頼感とか阿吽の呼吸とか、自然体な、そういうのが。悔しいな。

セザンヌ4つの魅力展 2007/10/6(土)〜11/25(日) 於:ブリヂストン美術館

正直セザンヌはあまり好きな部類の画家ではなかったりします(理由はなんとなくわかってるけどまだ自分の中で明文化できないので内緒)。でも、それって食わず嫌いかもしれないじゃん。ということでこの機を逸してはならんとばかりに行ってみました。ごめん、セザンヌごめん、やっぱりあんまり好みじゃなかった…。けど、わたしの絵を見る立ち位置が悪かったのも原因だったよ。わたしわかった。この手の絵画(どの手だ)は、いつもの2倍〜2.5倍くらい後ろに下がって臨むとそれなりに良いということが。収穫収穫ありがとう。ちなみにここの常設もかなりいいですよ。輪郭が溶けていくようなルノワールの少女とか、水面ギリギリで写りこむモネの睡蓮とか、それはもう見事に赤々と染まる港とか、なんか新国立のモネ展より感動したな。マティスもけっこうあったし、言い寄る女は全員泣かせてんだろうなって色男の組んだ足とか、いいなあなんて(ピカソキュビズム前の絵ね)。最近気になるルオーとブラックもあったし。仕事帰りに寄ったんだけど、次はもうちょっとゆっくり見られる時間に行こうと思います。

ムンク展 2007/10/6(土)〜2008/1/6(日) 於:国立西洋美術館

ムンクも特別好きな画家じゃないんだけど、とりあえずミーハーな気持ちで制覇しようとしました。でもこれがなかなか良かった。この人は、展示する=見せる(魅せる)ことにとても注意をはらっていたようですね(画家なら誰しもそうだろうけど)。そして、作品がいくつも集まってはじめてひとつの作品となるんだっていう信念のもと絵を描き続け、同時にそれを生涯模索し続けてる。で、その一連のテーマを「生命のフリーズ」というんだけど*1、この展覧会もフリーズごとに作品が展示されてまして、そのおかげで、展示作品を1点1点見終わった後に、あらためて部屋をぐるっと見渡すと、ああ、そうかも繋がってる、って感じたりする。もちろん今回の展示すべてがムンクの意図した構図にのっとってるわけじゃないけど、そういうムンクの見せたかった(伝えたかった)ものを感じ取ろうとする作業はなかなか楽しいものでした。あと、ムンクの面白いところは、いわゆる「カメラ目線」の構図が多いこと。作品の中軸となる人物が画面から見切れるほど過剰にレンズ(画面手前、または見てる自分)に近づきながらこちらを凝視してるんだよね。これって非常に危うい構図でして、自分が鬱々とさせられていくのが手に取るようにわかるわけ*2。あの距離からあんな不安な顔されると、その絵の人物が抱いてる感情がダイレクトに自分の中に流し込まれてしまうじゃないか!共感というよりは半ば強制的ともいえるほど絵の主張は強いのでひたすら耐えていくしか、いくしか…。まあそんなこんなで満足満足。ぐるっとパスが適用されない施設だったことだけが残念ですねー。

*1:わたし、この「フリーズ」って「固まる」意味のフリーズだと思ってました。ごめんなさい。だって「叫び」とか、そんな感じじゃん(笑)。

*2:だってどれも笑って無いんだよ?(はいソニー!はいソニー!)